「池田大作の品格」サマリー
その中でも特に、第1章冒頭の1.「NHKオペラ事件」の顛末、2.直訴の青年に周章狼狽した池田大作、3.犯罪の陰に「池田大作」の決裁があった、の3つの池田体験が、私にとって大きな節目となりこの本を構成しています。それらの体験を中心に、私の「池田大作研究」が深まりました。
改めて思うことは、池田大作という人物は、普通のものさしや検証では、とても把握できるような人間ではありません。
<本文の一部を紹介>
1.「NHKオペラ事件」の顛末
その後、予想もしない、信じられないような奇跡が起こったのです。人はこれをオカルトの世界というかもしれません。一端は出口に向かい歩き始めた池田が、何を思ったのか、私の座る近くの非常口を見るなり、踵を返して狭い通路を歩き始めたではありませんか。
それも夢遊病者のように、ふらふらと何かに誘われるかのようにゆっくりとNHKホールの通路階段を上ってくるのです。私の全身が総毛立つような感覚を覚え、「池田を捕らえた、池田に勝った」と叫び、思わずお題目を唱えていたのでした。
池田の後ろには、慌てふためく警備の人間が金魚の糞のように付いているだけで、狭い通路では物の役にも立ちません。
池田が私のそばに来た時、私はスーと立ち上がり「センセー、大変にご無沙汰しております」と声をかけました。池田は、「ああ!君か」と返答してきました。池田の顔を見ながら、私は今まで抱いていた「このままでは学会員がかわいそうです。センセーの心がけと日蓮正宗に対する争いをしてはならない」ことなどを一気に話し始めたのです。
私はその時不思議な体験をしたのです。(中略)
全力で池田にぶつかっていった瞬間、池田大作の岩のような大きな塊りに、私の魂魄が音もなくスーと突き抜けていく体感をしたのです。するとみるみるうちに、池田の魂が風船の如く萎んでくるではありませんか。
そこにはかっての尊大な池田の姿はなく、小さな普通の人間が佇んでいました。
2.直訴の青年に周章狼狽した池田大作
その日は雲ひとつない快晴でした。「このような日には、神宮外苑の木漏れ日の中を散策すると、気分が最高だろうな」などと思いつつ、私は、N青年と信濃町駅で落ち合い、共に創価文化会館の案内所の受付に向かいました。(中略)
ともあれ、この日、N君を学会本部に連れて行った最大の理由は、池田大作と直接会って、両者で率直に意見を述べ、懇談する機会を作ることにありました。
そもそも「池田大作と会う」ということは、不可能に近い、といわれています。
小心者の池田大作は〝おれを守れ〟とばかり、過剰なまでの警備陣を配置します。ゆえに、その厳重な池田大作の包囲網をかいくぐって、面会したり、ましてや拘束したりする事は、はなはだ難しいのです。(中略)
しかし、池田大作は、案に相違し、案内所前で来客を伴って、乗用車から降りたのです。そして、池田大作一行は、本部の中へゆっくりと入ってきたのです。計画は、予測をはるかに越えて、池田大作が目の前を歩いているではありませんか。池田は、来客に何か、説明でもするように、立ち止まって話をしたりしています。すこぶるご機嫌の様子でした。
私は、頃あいを見て「今ですよ!」とN君の背中を押したのです。
N君は「センセー、Nです!センセー、Nです!」と声を張り上げ走りながら「センセー!お話があります」と、池田に迫っていきました。私は、この計画は、半ば成功したことを確信しました。
この一瞬の出来事に、池田大作の警護隊をはじめ、第一庶務の職員たちは、なす術もなく見守るばかりでした。まるで時間が止まったかのようです。
池田大作はN君の行動を見て、身構えながらも余裕の態度で「おう!君か!」(※池田はN君とは創価学園の校友会で会っている)と言いながらも、後ずさりし、突然、脱兎(だっと)のように逃げ出したのです。驚いたことに池田は、大事な来客の存在も忘れ、その来客をすっぽらかして、ただ、ひたすらN君に背を向け遁走(とんそう)したのです。その光景は、大指導者を装う威厳など全くなく、むしろ滑稽(こっけい)な喜劇役者のように写りました。
3.犯罪の陰に池田大作の決裁があった―銀座窃盗強奪事件―
「週刊誌ザタになりやがって……」
なんとも品のない言葉遣いで恐縮ですが、これは、ある事件のことで、池田センセーがお怒りになった時の言葉です。平成14年7月3日、元本部職員たちが、銀座の中華料理店で懇談会を行ないました。(中略)私たち職員たちの楽しい宴が、なぜか池田センセーの知るところとなりました。こうして銀座には不釣合いな窃盗強奪事件が起きるのです。私は、懇談会の幹事なので定刻の一時間前の午後六時頃、お店に着きました。すぐ異様な空気を察知したのです。というのは、独特の警備スタイルをして、料理店の出入りをチェックしている数名の男たちがいるではありませんか。私は本部にいましたので、学会警備人の動きや配置が手にとるようにわかります。何故、この懇談会が学会に知れたのか?また彼らが来た目的はどこにあるのか?を考えました。暫らくすると大きなワゴン車が店の入り口前に停まりました。そのワゴン車の中を見て、更にビックリしてしまったのです。なんとそこには、池田大作のボディガード責任者・S副会長以下数名が、乗っているではありませんか。創価学会では日常的に批判者などの尾行や会合の出入りを撮影する特殊部隊が存在します。しかし、S副会長(以下S君という)が仰々しく出動することは通常ではありえないことなのです。S君の出動には必ず池田大作の決裁がなければ、彼は動けないのです。私は、今日は大変なことになった。池田大作の意志が働いていると確信したのです。
(中略)そして懇談会終了後、S君の部下が2名、私を待ち伏せしており、なんとデジカメを強奪するため襲ってきたのです。犯人は屈強な学会警備人だったので、抵抗むなしく私の愛用のデジカメを強奪しⅠ週間の傷を負わせて逃走したのです。その模様は後日、週刊誌で報道されました。週刊誌側から創価学会本部に事実確認したところ、案の定、S君は当日、銀座の現場には行っていない、とウソの主張をしていました。S君は、その日の本部幹部会に出席した後、八王子で食事をしていた、というのです。
仮に、このS君の言うことが真実ならば、なぜ池田大作は「週刊誌ザタになりやがって……」と、S君を叱ったのでしょうか。何とも不思議なことです。
少々、引用が長くなりましたが、「池田大作の品格」の中で、私の体験の一部を赤裸々にまとめたものを紹介させていただきました。
伯爵日記では、最新の池田大作に関する話題や池田Xデーの刻一刻と迫り来る情報なども伝えていきたいと考えています。